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思い出の記 我が家のサケ遡上見学行
僕が紋別へ来た昭和40年の夏以来、我が一家は決まって近くの川へサケの遡上見学「サケ参り」に行った。金も時間もない僕の数少ない家庭サービスであった。
長女がまだまともに口も利けない年頃のことである。ある夜、「オトウタン、人もみんなシムの?」と訊く。「シム」の意味が理解できなくて何度も聞き返した。「あの川のおサカナと同じように」という言葉でやっと理解した。「シム」とは“死ぬ”の意味だったのだ。
「おサカナは死ぬけど、生まれた赤ん坊は大きくなってまた戻ってくるんだよ・・・、死んだおサカナは鳥や熊さんのご飯になって、・・・」と子供向けの食物連鎖の話の断片が幼いこころに残ったのであろう。
時が流れた。女房と二人きりの暮らしになったが、夏休みになるとあの娘たちの子ら、つまり、孫たちがやってくる。今年もみんなでいつものサケの遡る川へ行き、僕は同じおしゃべりを繰り返すことになるのだろう。昨年、「サケ参り」から戻った夜の寝床で、孫の一人が真面目な顔で「カイチョウチャンもシヌノ?」と訊く。“会長”、厳かに応えて曰(いわ)く、「そうだ。遠い、遠い天国へ行くんだよ」。孫、「じゃ、カイチョウチャンとお話できなくなるの?」。会長、「そうだなー、だけど宇宙からみんなを見ているからね。・・・」孫、納得したらしく「わかった、ボク、電話するね」といって寝てしまった。ギャーテー、ギャーテー・・・合掌。
解説:「カイチョウチャン」について。10数年前、例の「シム」の長女が2,3歳になった初孫を連れて紋別へ来た。周囲が「おじいちゃんに抱っこしてもらいなさい」とけし掛けた。当時、私はこの地方の水泳協会の会長をやらされていた。咄嗟(とっさ)に「俺は、おじいちゃんではない!会長なのだ。」とふざけた。以来、全孫(ガキ)連はボクを「カイチョウチャン」と呼ぶようになった。断じて孫たちには「おじいちゃん」とは呼ばせないのである。
※8月19日オホーツク・ふるさと発見エコ・ツアーサケ遡上見学大作戦
詳しくは 「流氷倶楽部」の項をご覧ください。
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